夜の六合夜市に着いた瞬間

高雄の夜。
明るすぎるネオンと、人の声と、油の匂い。
六合夜市は「観光夜市」と言われるけれど、実際に降り立つと、ちゃんと雑多で、落ち着きがない。
それがいい。
屋台の前に立つと、自然に列ができていた

小籠包の専門店、という感じではない。蚵仔煎、炒め物、麺類、そして小籠包。
メニューは多いけれど、迷っている暇はない。後ろには人が並んでいる。
卓上調味料が、夜市らしさを完成させる

黒酢、醤油、唐辛子。どれも年季が入っている。
きれいではない。でも、こういう場所ではそれが「正解」に見える。
小籠包が運ばれてくる

見た目は素朴。大きさは台中の小籠包よりは小さい。ただ、皮は薄めで、肉汁慢性。
まさに小籠湯包。

鼎泰豊を想像すると、たぶん違う。でも、ここは夜市だ。
箸で持ち上げた瞬間

持ったときに、「あ、これは破れそうだな」と分かる不安定感。
うっかりするとスープもあふれ出そうな、何か腫物をさわるように箸を操る。
黒酢を少し、調味料をほんの少し

タレを入れる小皿は見当たらない。どこか宝探しのように、姿を潜めているかもしれない。
だがそれを、躍起になって店員さんにいうのもナンセンスだ。
もちろん黒酢をそのまま、華奢な小籠包に降り注ぐ。
一口目は、想定外

これが高雄小籠包のすべてではない。
でも、台中のそれとは、まるで違う。
出来立てなのに、1個まるまる口に入れても熱くない。
歯で噛むというよりかは、口全体で小籠包を押しつぶすと出てくる肉汁。
小さいので肉汁の量はたかがしれているが、これが一回り大きかったらと、勝手に想像をしてしまう。
周りを見渡すと、みんな和気あいあいと食べている

観光客も、地元の人も、誰も感想を言わない。
食べて、飲んで、立ち上がって、次へ行く。それが六合夜市のテンポ。
これは「目的の店」ではない

この店を目指して来る人は、少ない。でも、通りかかって、空腹だったら、たぶん入る。
そして、「まあ、悪くなかったな」と思って夜市を後にする。
まとめ:夜市の小籠包は、夜市で食べるから意味がある

この小籠包が特別かと言われたら、正直、特別ではない。
でも、
- 夜
- 屋台
- 人の多さ
- 匂い
- 音
全部込みで、ちゃんと「高雄の夜」だった。



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