みなさんこんにちは。今日は、最近議論されている留学ビジネスについてのかなりお堅い記事です。フィリピン留学を含めた留学ビジネスにおいて、「ホームページに書かれている内容と違う」「授業のクオリティが低い」というのは、けっこうよく聞く話です。
そういった場合に、留学自体をキャンセルし、既に支払った費用が返金されるのかどうかという議論は、枚挙にいとまがありませんが、もし、留学を申し込んだ先の留学エージェントが返金を渋るのであれば消費生活センターへ相談するという方法もあります。
しかしながら、消費生活センターもパートのおばちゃん的な人が対応するので、複雑な法律をからめた事案に関しては解決することが難しい場合があります。
大阪府の場合には、大阪府消費生活苦情審査会というものがあり、消費者トラブルを裁判外で解決する紛争処理機関があります。ホームページには、過去に対応した案件が報告書としてアップロードされているので、下記で、簡単にまとめてみました。
もし留学エージェント関連でトラブっている場合は、自分の住所のある都道府県の消費生活苦情審査会に、相談するのも一つの手です。
大阪府消費生活苦情審査会とは
大阪府消費生活苦情審査会(以下「審査会」という。)とは、消費生活センターでの解決が困難な消費者からの相談について、あっせん又は調停により解決するための紛争処理機関です。ただ、審査会は話し合いによる解決を前提としているので、時効の中断事由がなかったり、強制力がなかったりするので、そのあたりは注意が必要です。
その他都道府県の消費生活苦情審査会
大阪府消費生活苦情審査会は、 「申出者の住所は「大阪府の区域内」にあること」が、申出の要件となっているので、他の自治体でも、その区域に住んでいないと基本的に受け付けてくれないと思います。下記で代表的な都道府県の消費生活苦情審査会を紹介しますので申出前に、申出の要件を確認しましょう。
留学エージェントに関するトラブルの相談事例
審査会のホームページには過去の案件も見ることができます(紛争処理結果)。以下は2007年に審査会に付託された留学エージェントとのトラブルの事案をまとめたものです。
希望に満ち溢れる渡航前(留学エージェントとの契約)
2006年10月頃:
玉城ティナさん(仮名)は、留学プログラムの宣伝をインターネットで見て、留学エージェントの「留学ニコニコ館(仮名。以下「ニコニコ館」という。)」へ資料請求を行いました。
2006年10月25日:
ティナさんは、電話でのカウンセリング後、3ヶ月間の留学プログラムの受講及び現地でのホームステイを内容とする申込書をニコニコ館へ返送しました。その申込書には、滞在先の希望として、「きれいな部屋で学校が近いところがいいです」と記載されていたようです。ちなみに契約内容は下記のとおりです。
入学金が15,000円と聞くとフィリピン留学のスタンダードのような気がしますが、2006年頃はまだフィリピン留学がメジャーではなかったので、どこか欧米の国へ留学したのだと思います。
2006年11月7日:
ティナさんの家族は留学費用の全額268,900円と航空券代148,640円、合計417,540円をニコニコ館へ振り込みました。
少し様子がおかしかった現地渡航直後
2006年12月7日:ティナさんは留学先へと渡航しました。
家族が私と連絡を取るためにホームステイ先に電話をしたけど繋がらなかったわ。あと、ホームステイ先は私の到着が翌日であると思っており、私が使用する部屋は掃除されていなかったわ。
2006年12月7日~2007年2月1日:ホームステイ先滞在中に様々なトラブルが発生しました。
- 部屋が完全な個室じゃなく、鍵も壊れていたわ。
- 洋服を無断で使用されたわ。
- 食事が無い日があったわ。
- 部屋が不衛生だったわ。
- パンフレットと実際の部屋が全然違ったわ。
低品質の季節プログラム・留学エージェントへの相談
2006年12月中旬~2007年1月中旬:
ティナさんは、現地の語学学校にて、季節プログラムの授業をすべて受講しましたが色々と問題があったようです。
- 定刻に授業が始まらないないことがあり、30分早く終わることがあったわ。
- フリートークや自習も多かったわ。
- 授業内容が重複する時があったわ。
- 辞書に載っていない単語が教科書に載っている際、その説明に10~15分費やされることがあったわ。
2006年12月19日及び20日の両日:
ティナさんはニコニコ館の現地事務所へ出向きホームステイ先について相談しました。
ホームスティ先の環境に問題があるので相談したいのですが。。。駄目なら解約書を提出します。
事件性が無いとホームスティ先を変更するのは難しいですねぇ。
しばらく様子を見ます。
2007年1月4日:
ティナさんは再度現地事務所へ出向き、相談しました。
プログラムを1ヶ月に短縮して帰国したいのですが。
解約は2ヶ月後でないとできないです。
とにかく、解約書を提出します。
日本のニコニコ館へメールしておきます(ニコニコ館はメールは確認していないと主張)。
問題が解決していない本ちゃん授業
2007年1月下旬:本ちゃんの授業が開始。
担当の先生が授業ごとに変わったり、初級から中級になったのに授業内容が季節プログラムと変わらなかったわ。問題が全然解決してなかったわね。
2007年1月30日:ホームステイ先が変更。
変更後のホームステイ先はきれいで特に問題はなかったわ。
2007年2月1日:ティナさんは受講を停止。
2007年2月2日:ティナさんの家族が日本から渡航。ホテルに滞在。
2007年2月5日:ティナさんの家族が日本へ帰国。帰国後、ニコニコ館からティナさんへ解約による返金額が下記のとおり通知され、明細と次回から利用できる10%割引券も添付されていました。返金額は、2月6日から3月2日までのホームステイ料金及びサポート料金の計54,383円とティナさんは知らされました。
その後、ティナさんは消費生活センターに相談に向かいました。
消費生活センターへ相談
以下は、ティナさんが消費生活センターへ相談。その後、消費生活センターの人がニコニコ館と連絡してやりとりした際の内容です。
受けていない授業料やホームステイ代金をティナさんへ返してください。消費者契約法では、損害賠償の責任を免除する条項は無効とされています。
学校、宿泊施設、ホームステイ先その他の内容についての保証は約款に規定する免責事項なので、代金返還は拒否します。
約款の条項が消費者契約法に反しているので債務不履行を理由としてホームステイ代金、授業料、サポート代金等の損害賠償を請求します。
また、本契約は御社がティナさんに対し、適切なな語学学校・ホームステイ先を紹介することを内容とするものであるので消費者契約法上の債務不履行にあたります。
それはティナさんの主観的な評価に基づくもので主張内容は自己都合の範疇なので、損害賠償の請求も拒否します。
弊社が提供するサービスは、語学学校の手配です。
大阪府消費生活苦情審査会への付託
2007年8月3日、審査会は、大阪府知事から「留学プログラムの契約金返還に関する事案」についてのあっせんを付託されました。ティナさんの帰国後、半年くらい経っているので、付託までけっこう時間がかかるのがうかがえます。
また、後述しますが、両者が合意にいたるのが2008年の2月なので、ティナさん帰国後から1年。審査会は長期戦になるのは、覚悟しておいたほうが良さそうです。
付託時点でのティナさんの主張
- ホームステイ先の環境が、主に衛生面、食事の面から事前に説明を受けた内容とは程遠いものでした。
- 語学学校で提供された授業も、同じ内容を繰り返す、始業・終業時刻が守られない、自習が多い等、問題点が多かったです。
- 消費者契約法では、損害賠償の責任を免除する条項は無効とされています。もし、学校、ホームステイ先の責任を免責事項と約款に規定しているのであれば、それは不当条項ではないでしょうか。
- 本契約は、乙が甲に対し適切な語学学校・ホームステイ先を紹介することを内容とするものであるところ、その契約が履行されておらず、消費者契約法上の債務不履行にあたるので、契約金全額の返金を求めます。
付託時点でのニコニコ館の主張
- ホームステイ先の環境については、ティナさんの主観的評価によるものです。
- 約款上、消費者の主観的事由による解約については、返金を行わないとなっています。
- 当社が提供するサービスは、語学学校の手配であり、約款上、その授業内容について保証するなどの責任を負うものではないです。
- 入学金、授業料、ホームステイアレンジ料の返金には応じられません。
- 解約申出直後1ヶ月間にかかるホームステイ費及び現地支援費用の返金には応じられませんが、それ以降の分54,383円については返金します。
返金額増額までの流れ
- 2007年9月11日、当事者からの事情徴収(第1回期日)
- 2008年9月12日~、あっせん案の検討
- 2008年2月21日、合意書の調整(第2回期日)
合意の内容
今回の審査会による、ティナさんとニコニコ館間における合意は、ニコニコ館が当該留学プログラムの解約に伴う返金としてティナさんに158,000円を返還するというものです。当初は54,383円しか返金されないはずだったのが、増額して返金されたかたちになります。
審査会のコメント
7人いる審査会の委員のうち、学識経験者は以下のとおり。おそらくその学識経験者のかたたちが今回の申出及び合意、あっせん案の内容について法律知識を交えながらコメントしているのでかいつまんで紹介します。
- 池田辰夫:大阪大学名誉教授・博士(法学)※委員長
- 千葉恵美子:大阪大学大学院高等司法研究科教授
- 原田大樹:京都大学法科大学院法学研究科教授
- 薬袋真司:弁護士(大阪弁護士会)
語学学校の授業について
- 「授業内容の重複」「授業遅延」「教科書の瑕疵」等、授業のクオリティに関しては、一定の教育水準が確保されているのであれば、語学学校が判断すべきものであり、ニコニコ館が直接関与すべきものではない。ゆえに、教育内容自体は債務不履行には該当しない。
- ニコニコ館のパンフレットには、「高レベルの授業を受けることができる旨の記載」「ニコニコ館と語学学校に強い提携関係がある」のでニコニコ館には、消費者契約法第3条における、具体的で実態に即した情報を提供する法的義務がある。
(事業者及び消費者の努力)
第三条 事業者は、次に掲げる措置を講ずるよう努めなければならない。
一 消費者契約の条項を定めるに当たっては、消費者の権利義務その他の消費者契約の内容が、その解釈について疑義が生じない明確なもので、かつ、消費者にとって平易なものになるよう配慮すること。
二 消費者契約の締結について勧誘をするに際しては、消費者の理解を深めるために、物品、権利、役務その他の消費者契約の目的となるものの性質に応じ、個々の消費者の知識及び経験を考慮した上で、消費者の権利義務その他の消費者契約の内容についての必要な情報を提供すること。
2 消費者は、消費者契約を締結するに際しては、事業者から提供された情報を活用し、消費者の権利義務その他の消費者契約の内容について理解するよう努めるものとする。
ホームステイ先の環境について
- ティナさんの滞在以降にリピーターがいたことをもって、ティナさんが利用した際も同様の状況があったとは言えない。
- ホームステイ先の詳細が約款に書かれてない以上、ティナさんはパンフレットで判断するしかない。
- ホームステイ先が合わない場合は、変更できる旨パンフレットには記載されているので、ニコニコ館は自らの債務として、ホームステイ先の水準を確保する義務があった。
免責約款の考え方について
- 外国の教育機関の使者として留学のあっせんを行うに過ぎない場合には、免責事項を確認的に規定することにも意味がある。
- ニコニコ館と語学学校には強い事実上の提携関係があるので、ニコニコ館は単にティナさんと語学学校との契約を仲介するだけの存在とは言えない。
- ニコニコ館にとって、語学学校は履行補助者。
- 全ての債務不履行責任まで免責する趣旨の約款の条項はは消費者契約法第8条第1項第1号に該当して無効となる。
- 約款の免責事項は、ニコニコ館が関与することのできない事項についての保証責任を免責すると考えるのが相当なので、今回の件を、当該免責事項を持って解決するのは妥当ではない。
(事業者の損害賠償の責任を免除する条項等の無効)
第八条 次に掲げる消費者契約の条項は、無効とする。
一 事業者の債務不履行により消費者に生じた損害を賠償する責任の全部を免除し、又は当該事業者にその責任の有無を決定する権限を付与する条項
本件申立を解決するためのあっせん案
- 語学学校における授業を受ける契約については、甲と乙との間で2月1日付けで合意によって解約されたとすることが妥当。
- 授業内容が債務不履行として解除の対象となるとまでは評価できない
- 教育は一定期間の授業によって初めてその効果が期待されるので、6週間のカリキュラムのうち実質1ヶ月間の授業を受けなかったのであるから、結果的にはその期間に対応するだけの教育を受けていないと評価できるので本ちゃん授業の授業料39,000円は全額返還されるべき。
- 2007年1月4日に、ニコニコ館はホームステイ先を変更するという債務が不履行であるため、1月5日以降のホームステイにかかる費用100,000円が返還されるべきである。
- 現地支援費用については 2007年1月以降の費用を、ホームステイアレンジ料については全額を返還すべきである。
興味深い点まとめ
今回の審査会については、裁判ではないので、特に法的強制力(強制執行等)はないのですが、法律の解釈としてはある程度土台になる考え方があったので、それらを以下で紹介したいと思います。
滞在先のレイアウト等について、契約書に詳細がないのでパンフレットの記述を元に消費者契約法第3条におけるニコニコ館の提供義務が判断された。
留学エージェントや語学学校のホームページにはきれいな宿泊先の画像がてんこ盛りですが、実際の部屋と異なる場合は、ホームページと同等の部屋を提供する義務が発生するということです。
ティナさんは、ホームステイ先について、2006年12月19日及び20日の両日に現地事務所に相談していますが、これにニコニコ館が適切に対処しなかったため、解約届が提出された2007年1月4日付で適切なホームステイ先を提供しなかったことによる債務不履行になった。
生徒からの苦情や相談を放置しておくと、債務不履行になるということです。
ティナさんは解約申出後1月5日以降もホームステイ先に滞在していましたが、1月4日付でニコニコ館が債務不履行に陥っているため1月5日以降分も返金の対象となった。
これは、けっこう目からウロコの見解。解約届を出したにもかかわらず、1月5日から1月29日までは、ホームステイ先に滞在し、その分も返金されました。「そこに滞在せざるを得なかった」「他の選択肢は現実的にもなかった」「語学学校や現地事務所から提供されることもなかった」ことをもって、ティナさんの宿泊の利益を考慮することは妥当でないと判断されました。
本ちゃんの授業6週間のカリキュラムのうち2週間しか授業を受けなかったけど、本チャン授業の授業料はまるまる返金。
これも大胆な見解。教育は設定されたカリキュラムに沿うことでその効果が期待されるので、日割り処理は妥当ではないという判断。
約款の免責事項は、ニコニコ館が関与、コントロールできない事に限られるので、ホームステイ先や授業に関して、免責事項をもって処理するのは消費者契約法第8条第1項第1号の趣旨からしても妥当ではない。
何でもかんでも約款に免責事項を載せれば良いというものでもないようです。
以上、今回のあっせん事案はあくまでティナさんとニコニコ館が穏便に解決したいということで、妥当なところに落ち着きました。これらあっせん事案の特徴としてお互いの氏名や会社名が出てこないことが挙げられます。裁判になると会社名が出てきてしまいますので、代理店としても、風評被害は最小限に抑えたいというのが常でしょう。
また、学識経験者の見解を上記で色々と紹介しましたが、それらが正しい法的判断ではなく、あくまで見解の一つです。
裁判等になると、また違った見解がでてきて、180度ひっくり返されることも多々あります。いずれにせよ、正しい議論ができるように、留学に行く際は、あらゆる状況を写真にとったり、文書で保管することが、後々「言った言わない」という不毛な議論を避けるためにできることです。
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