バンコク

【バンコク観光】大東亜戦争(第2次世界大戦)の戦跡をめぐる旅

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サワディカップTKJです。現在のバンコクは世界中から観光客が集まる活気あふれる都市ですが、かつては第二次世界大戦、そして第一次世界大戦の荒波に飲み込まれた場所でもありました。

驚くべきことに、1944年6月。あのボーイング社製の巨大爆撃機「B-29スーパーフォートレス」が、世界で初めて戦闘任務として向かった標的は、他でもないここバンコクだったのです。今回は、バンコクの街に今も残る戦争の爪痕を、当時のエピソードとともに紐解いていきたいと思います。

 

 

連合国によるバンコク空襲の始まり

タイの首都バンコクへの空爆は、タイが正式に宣戦布告する前から始まっていました。当時、大日本帝国がタイをマラヤ連邦(現マレーシア)やビルマへの侵攻拠点として利用していたためです。

最初の空襲は1942年1月7日。ヤンゴンから飛び立った英国空軍(RAF)の航空機が、バンコク市内の軍事目標を攻撃しました。この作戦にはアメリカのボランティアグループも関与しており、ブリストル・ブレナム爆撃機などが投入されました。

その後も夜間襲撃が繰り返され、連合軍の反日ゲリラ運動である「フリータイ(自由タイ運動)」も、地上からターゲットの気象報告や日本軍の陣地指定を行い、空襲を支援していました。こうした歴史背景を知ると、以前書いたマニラの戦跡巡りとはまた違った、タイ独自の複雑な立場が見えてきます。

 

戦略的拠点としてのバンコク

1942年3月にヤンゴンが日本軍に占領されると、インドや中国に拠点を置くRAFやアメリカ第10空軍の重爆撃機B-24リベレーターが、バンコクを頻繁に攻撃するようになります。バンコクが東南アジアにおける日本軍の重要な指揮所となったためです。

主な目標は、完成したばかりのバンコク港や鉄道システムでした。爆撃の目的は軍事施設の破壊だけでなく、当時のタイの有力者であるピブルソンクラム政権に対し、日本との同盟を破棄させるよう圧力をかける政治的な意図もあったとされています。

 

伝説の爆撃機B-29、最初の戦場はバンコクだった

航空史において特筆すべきなのは、B-29スーパーフォートレスの初陣です。日本本土への本格的な爆撃が始まる前、XX爆撃機司令部はバンコクを最初の実戦任務の標的に選びました。この決定は1943年、ルーズベルト大統領とチャーチル首相の会談ですでに言及されていたと言います。

 

マッカサン鉄道修理工場への襲撃

1944年6月5日。インドの飛行場を飛び立った98機のB-29が、バンコクのマッカサン鉄道ヤードを攻撃するために飛来しました。この往復2,261マイル(約3,600km)の飛行は、当時の戦争史上最長のミッションでした。

しかし、最新鋭機であっても初陣は困難を極めました。エンジントラブルで21機が引き返し、バンコクに到達したのは77機。さらに天候不良のため、意図したターゲットに命中したのはわずか18発の爆弾だけだったそうです。燃料不足で帰還途中に墜落した機体もあり、まさに命懸けの作戦でした。

現在、マッカサン周辺を歩くと、その巨大な敷地に歴史の重みを感じます。私が以前、プロンポンの路地裏でPunpunを探して彷徨った時もそうでしたが、何気ない街の区画が、かつての爆撃目標だったという事実に震えることがあります。

 

終戦とイギリス軍による一時占領

1945年8月の終戦後、降伏した日本軍を武装解除し本国へ送還するため、イギリス・インド軍がバンコクに到着しました。9月9日にはドンムアン飛行場にイギリス空軍の本部が設置され、スピットファイアやモスキートといった名機が並んだ時期もありました。ほとんどの部隊は1946年1月には撤退しましたが、バンコクが国際的な戦後処理の舞台であったことが伺えます。ドンムアン周辺へのアクセスは、最近開通したレッドラインの完全ガイドを参考にしてください。

出典:Wikipedia – Bombing of Bangkok in World War II

 

今もバンコクで出会える戦跡たち

教科書の中の話だけではありません。バンコク市内や近郊には、今も当時の記憶を留める場所が点在しています。

 

1. ナショナルメモリアルの九五式軽戦車

ドンムアン空港のさらに北、パトゥムターニー県にある「ナショナルメモリアル(国立記念館)」。ここには、かつて日本軍が使用した「九五式軽戦車」が展示されています。非常にコンパクトな戦車ですが、当時の日本の工業力と、これで大陸を駆け抜けた兵士たちの姿を想像せずにはいられません。

参考:九五式軽戦車 ナショナルメモリアル地図

 

2. 旧ドゥシット動物園内の防空壕

閉園したドゥシット動物園内に残る、コンクリート製の防空壕入り口。戦時中の生々しい記憶を今に伝えている

2018年に惜しまれつつ閉園したドゥシット動物園。実はこの敷地内には、当時の防空壕が残されていました。現在は立ち入りが制限されていますが、かつて動物たちのすぐそばに、空襲から逃れるための避難所があったという事実は忘れてはなりません。

 

3. タイ王立空軍博物館(RTAF Museum)

タイ王立空軍博物館の外観。貴重な軍用機が並び、航空史を学べる貴重な施設

飛行機好きならずとも、ここにはぜひ足を運んでほしい場所です。日本軍から提供された機体や、戦後に導入された連合軍の機体が混在して展示されており、タイが歩んできた激動の歴史を肌で感じることができます。場所が少し遠いので、 ViaBusアプリでバスをチェックしながら行くのがおすすめです。

 

【追加情報】戦勝記念塔(Victory Monument)

バンコクの中心部にある「戦勝記念塔」。多くのバスが発着するターミナルとして有名ですが、実はここも1941年の対フランス紛争の勝利を祝って建てられた、戦時中を象徴するモニュメントです。周辺には511番バスなど多くの路線が集まっており、私も南バスターミナルへ向かう際などによく利用します。改めて塔を眺めると、剣や銃を手にした兵士たちの像が当時の空気感を今に伝えています。

 

まとめ

バンコクの戦跡は、カンボジアのアンコールワットのような数千年前の歴史とはまた違う、たった80年ほど前の「地続きの過去」を感じさせてくれます。

今の平和な街並みの下には、B-29を見上げた人々の恐怖や、異国の地で戦った兵士たちの足跡が眠っています。たまには華やかな観光地を離れて、こうした「静かな場所」で歴史に耳を傾けてみるのも、旅の醍醐味ではないでしょうか。

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